ABAって何ですか?―その基本を理解する

 ABAとは「Applied Behavior Analysis」の略称で、日本では「応用行動分析(学)」と呼ばれています。ABAはアメリカの心理学者スキナーによって創始・発展してきた、広い意味での「行動分析学」の一分野です。
 我が国においては、「行動療法と同義である」とか、「特別支援教育に関連する特定の技法である」という言い方がされることがありますが、これはいずれも誤解であって、ABAは特定の療法や介入技法を表す言葉ではないのです。

 さて、ABAによるアプローチの特徴ですが、「個人」にのみアプローチするのではなく、個人を取り巻く周囲の「環境」にアプローチすることを通して、コミュニケーションや適切な行動を成立させることを重視するのです。ABAの研究対象は幅広く、教育、臨床心理、福祉、医療、産業、社会政策などに応用されて成果を挙げています。特に知的障害、自閉症、発達障害を抱える子どもの教育や福祉に関する研究領域では、次のようなテーマで研究・応用されています。

 ・トークンエコノミー ・社会的スキル訓練(ソーシャルスキルトレーニング:SST) ・自己決定 
 ・セルフマネジメント ・コミュニケーション指導 ・問題行動に対する機能分析 ・身辺自立 ・就労支援
 ・余暇指導 ・ペアレントトレーニング など

 また、ABAの成果や行動変容に関する原理や技法は、TEACCHやポーテージプログラムなど欧米で開発された多くの教育プログラムに取り入れられて浸透してきています。つまり、ABAはパソコンでいうところのOS(オペレーティングシステム)に相当し、そのOSを使って様々なアプリ(即ち、いろいろな教育プログラム)が作られていると言って過言ではないでしょう。

 ところで、自閉症治療に対するアプローチに果たすABAの役割とは何なんでしょうか?
 まず自閉症ですが、どうやら「脳や中枢神経系の機能障害」らしいのですが、医学的に全てが解明されているわけではなく、また医学的な治療法が確立されているわけでもありません。例えば、薬でできることは多動性や衝動性の軽減などの対症療法に過ぎず、現在の医療では自閉症を治すことはできないのです。
 しかし、自閉症治療に対するABAのアプローチは違います。例えば、自閉症の特徴の一つである「こだわり」特性ゆえに自傷行動が出ているとします。ABAでも「こだわり」特性を治すことはできませんが、その代わりに自傷行動を維持している環境条件を探って、それを取り除くというアプローチを取ります。更に、マイナス要因の解消だけではなく、楽しく過ごせるような条件を設定するということも同時に行います。
 ここで強調しておきたいことは、ABAは決して医療を否定している訳ではないと言うことです。医療とABAの関係は車の両輪のようなもので、適切な投薬による個人要因の改善(医学的アプローチ)の上で、環境要因を調整するABA的アプローチがなされることで大きな効果が生み出されるのです。

 話は変わりますが、行動分析学出現以前の心理学の考え方は次のようなものでした。例えば、「お腹が減って、ご飯を食べる」ことについて説明するとすれば、「『お腹が減った』と思ったから、食べるのだ」というものでした。しかし、この説明の仕方では、「なぜ、お腹が減ったと思ったのか?」という新たな疑問が更に生じてしまいます。そこで、「胃液が分泌したからだ」と説明したら、今度は「なぜ、胃液が分泌したのか?」ということについて、答えを得ることができません。ということで、こういう説明の仕方では永遠に答えが見つからないことになります。

 一方、行動分析学では行動の原因を「人の内部」には求めず、その人を取り巻く「環境」に求めるのです。例えば、「お腹が減って、ご飯を食べる」という行動の場合、その主な原因として次のようなことに求めるのです。

 ・以前に食物をどれくらい食べたか(摂取量)
 ・前の食事からの時間経過
 ・その人の運動量 など

 では、ABAでは生理的要因や遺伝的要因をどのように取り扱っているのでしょうか?
 ABAでも、行動の前提となる神経伝達物質の分泌や中枢神経系の様々な活動を否定しているわけではありません。しかし、そのような生理的反応も環境のもたらした産物として捉え、生理的反応の原因となった環境要因を分析するのです。遺伝的要因(いわゆる障害特性)も同様に、行動に影響を与える環境要因の一つとして分析するのです。

 では、ABAでは「心」をどのように捉えているのでしょうか?
 ABAでは、いわゆる「心」「認知」「意識」も無視したり否定しているわけではありません。私たちが「心」と呼んでいるものの大部分を、「内言語」という行動として捉えて考えるのです。その上で、そういった「考え」「気持ち」が生じるための、観察可能で操作可能な環境要因を分析していくのです。

 では、ABAでは実際に障害というものをどのように捉え、分析していくのでしょうか?具体的に見ていきましょう。
 まず、自閉症のある子どもの障害特性や、その子どもを取り巻く環境は千差万別であるということを押さえておきましょう。従って、ABAに基づくプログラムは一人一人異なるオーダーメイドのものとなります。そこで、プログラムを作る前提として、まずは悩みを具体的な行動に置き換えます。

 子どもに関する悩みを具体的な行動に置き換えた上で、次に集めるべき情報には以下のようなものがあります。

 ・現在の目標行動の達成度
 ・全体的な発達の状態
 ・障害の程度
 ・好み
 ・学習の状況
 ・指導者や指導環境 など

 情報収集の具体例を示すと、例えば「着替えができない」という相談があった場合には…

 「着替えができない」という課題が…
 ・いつ
 ・どんな状況で
 ・どのような衣服を着られない(脱げない)と感じているのか などのことを具体的に分析します。

 そして、そのことを「夜、お風呂から上がった時に、リビングでパジャマを着ることに、とても時間がかかる」などと、できるだけ具体的に記述します。

 次にやることは「記録を取る」ことです。これはプログラムの効果を明確にわかりやすくするために行うのですが、前例でいうと「着替えにかかった時間」と「大人が手伝った箇所」の記録を数日間取るのです。この記録のことを「ベースライン」と言います。
 行動の記録を取ることは、実践(プログラム)の効果が現れているかどうかを測る重要な物差しになります。慣れないうちは記録を取ることは大変に思えるのですが、その指導や支援が子どもに合っているかどうかを確かめるためには大変重要なことなのです。
 また、記録を取ることで、そのプログラムの有効性を他の事例に適用したり、支援者が共有していくことにも繋がります。

 記録を取ったら次にやることは「仮説立案」です。
 行動が起こる要因には、次の二つが考えられます。

 ① 環境的な要因
 ② 個人の要因

 記録が取れたら、次に仮説を立てて、それに基づいていろいろな条件を試してみます。具体的には、二つの要因から考えられることを箇条書きで挙げていきます。仮説立案の例を挙げると…

「パジャマに着替えられない」という事例の場合、仮説としては…
▶環境要因として考えられること
 ・気になるテレビがそばにあって、注意が向かない
 ・パジャマのボタンが小さすぎる
 ・パジャマの色や材質が気に入らない など
▶運動発達の要因として考えられること
 ・指先を使う運動が未成熟である など
▶コミュニケーションの要因として考えられること
 ・ぐずぐずすることで、お母さんにかまってもらえる
 ・すぐにベッドに連れていかれることを回避したい など

 仮説立案ができたら、次にやることはいよいよ「介入」です。まずは、最も変えやすい環境面から整えていきます。それでも良くならない場合は、次の仮説条件を整えていったり、スキルそのものを向上させるトレーニングに取り組んでみます。例えば、「パジャマに着替えられない」という事例の場合だと…

 ▶気になるテレビがあって、注意が向かない → 気が散らない脱衣所で着替えるようにする
 ▶パジャマのボタンが小さすぎる → ボタンやボタンホールを大きくする
 ▶パジャマの色や材質が気に入らない → 色や材質を好きな物に変更する


 介入する際にも重要なことは「記録を取る」ことです。ベースラインからの変化を見ながら、プログラムを対象の子どもにフィッティングさせていきます。こうした過程を積み重ねていくことで、子どもへの理解も深まっていきます。

 以上がABAを用いた具体的な取り組み方法ですが、最後にまとめとして述べておきたいことは、ABAに基づくプログラムは障害の種類や有無を問わないということです。これは行動変容の原理にも言えることです。
 ここで特に強調しておきたいことは、障害の状態や取り巻く環境は一人一人異なるので、支援方法や指導方法も一人一人異なるオリジナルのプログラムになるということです。指導・支援の参考になる実践例を挙げることはできても、どの子どもにも共通して使えるような簡便な指導・支援実践マニュアルというものはあり得ないのです。
 ABAでは「行動」というものを分析の単位にすることで、即ち、環境設定の仕方、課題の出し方、褒め方、ヒントの出し方やタイミングなどの具体的な環境調整や行動に置き換えて記録したり分析することで、特定の指導者による「名人芸」とか、「子どもとの相性」の問題ではなく、その指導技術を他の指導者とも共有できるようになるのです。