アメリカの『公衆衛生総監報告書』によると、ASD(自閉症スペクトラム)の教育に有効な2つの方法として、「TEACCH」と「応用行動的方法」が挙げられています。「応用行動的方法」とはABAをベースにした方法論のことですが、この2つの違いはどういうことにあるのでしょうか?
「TEACCH」はノースカロライナ州で実施されている総合的支援システム、「応用行動的方法」は社会的に重要な行動の問題を解決するための科学であって、たとえて言えば「医師が提供する医療」と「そこで使う薬の研究開発」のような違いがあるといってよいでしょう。しかし、そういう違いはあっても、例えばニューヨーク州健康局初期介入委員会報告によると、いずれもASDへの介入として「科学的な根拠がある方法」として推奨されているのです。ところが、特に日本においてはそれぞれを支持する人々、なかでも学者の間で無用と言ってよい対立があります。実践者にとってはそのような無用な対立は無益であって、より有効な支援を可能とするためにお互いから学び合う姿勢が大事と考えます。
ところで「TEACCH」においては「構造化」ということが強調されます。「構造化」の目的ですが、「環境をわかりやすく設定し、ASD児者が『自立』して安心して行動できるようにする」ことにあります。「自立」概念はとりあえず置いておいても、他者からいちいち指示されずに動けることは、「自己決定権の行使=自由の獲得」という意味で非常に重要なことです。このこと(構造化)をABAの立場からみると、日常生活場面において行動の「弁別刺激」(手がかり)が家族・教師・施設職員といった他者ではなく、時計・目印・表示・状況などの「環境刺激」へ移行することと言えます。
ここからは、ABA特有の考え方の枠組みである「ABC分析」(三項随伴性)で「構造化」を分析していきます。特に「時間の構造化」、いわゆる「スケジュール」に関して様々な角度からみていきます。「三項随伴性」は言うまでもなく、「先行条件」(A)⇒「行動」(B)⇒「結果事象」(C)という一連の流れから成る枠組みなので、「ABCフレーム(分析)」とも言われるのでした。
まず、「自立」していない子どもでは三項随伴性はどうなっているのでしょうか?
① 教室移動の場面
(A)「教室に行きなさい」と先生が指示する ⇒ (B)教室へ行く ⇒ (C)先生に注意されなくて済む
② 着替えの場面
(A)「着替えなさい」と先生が指示する ⇒ (B)着替える ⇒ (C)先生に注意されなくて済む
いずれも結果事象が望ましいことなので、「負の強化」を受けており、行動はますます増えていきます。
一方、「自立」している子どもの場合ではどうなるでしょうか?
① 教室移動の場面
(A)予め教室移動の時刻がわかっている+自分で時計を見る ⇒ (B)目的の教室へ移動する ⇒ (C)先生に注意されなくて済む
② 着替えの場面
(A)着替えをすべき状況になる+着替えようと考える ⇒ (B)着替える ⇒ (C)先生に注意されなくて済み、次の活動にスムーズに移れる
以上のように「自立」している子どもの場合は、環境内の漠然とした刺激を手がかりにして動けています。ところが、ASD児者の場合、そのような環境内の漠然とした刺激を手がかりにすることが非常に困難という特性を持っています。それでついつい周囲の人が「弁別刺激」(行動の手がかり)を“補強”してしまいがちなのです。この「補強」のことを「プロンプト」と言い、それを出し過ぎてしまいがちなのです。その結果、他者が出す「プロンプト」なしでは動けなくなってしまう状態、すなわち「プロンプト依存」に陥りがちなのです。この状態(プロンプト依存)になってしまった子どものことを一般的に「指示待ち人間」と言うわけです。
TEACCHにおける「構造化」のアイディアは、先行条件や結果事象を人ではなく、スケジュールや課題といった様々な工夫を加えることで、他者へのプロンプト依存を断ち切ろうというものなのです。この様々な工夫には、何かを「入れる」「はめる」「合わせる」といった行動が多いのですが、それらはASD児者にとっては好きで得意な行動なのです。それゆえに自発頻度が高い行動でもあります。このように、自発頻度の高い行動(=強化子)を自発頻度の低い行動(=標的行動)に随伴させることで強化することを「プレマックの原理(法則)」とも言われます。
スケジュールにおけるカードの果たす機能を三項随伴性で説明すると、次のようになります。
① 教室移動の場面
(A)予めスケジュール表で教室移動のタイミングを示しておく+「教室移動」のカードを見る ⇒ (B)カードを取る+カードを持って移動先の教室へ行く ⇒ (C)教室の前のフィニッシュボックスにカードを入れる
② 着替えの場面
(A)予めスケジュール表で着替えのタイミングを示しておく+「着替え」のカードを見る ⇒ (B)着替える ⇒ (C)カードをはがし、フィニッシュボックスに入れる
このように一連の行動の流れ(行動連鎖)にカード使用を差し挟むことで、他者に依存せずとも「自立」的に動けるようになるわけです。さて、このようなスケジュールにおけるカード使用ですが、最初から理解しているわけではありません。やはりその使用の仕方を丁寧に教えていく必要があるわけで、その際には様々な「プロンプト」、例えば指差し、身体的誘導、言語指示などを使いながら教えるのえす。それでもカードを自立的に使えるようにするためには、そのプロンプトを徐々に抜いていく、すなわち「プロンプト・フェーディング」が欠かせません。こうしてカード使用がスキルとして獲得された後も、カードの使用自体が好きな活動になっていく、すなわちその行動(カード使用)が「条件性強化子」となることで維持・増加するわけです。
カード使用においては「フィニッシュボックス」(あるいは済んだカードをめくる)が欠かせません。これはもちろん、そのカードに示された行動が終わったらそこ(フィニッシュボックス)に入れる、あるいはめくって見えなくするわけですが、これにも大きな意味があります。すなわち、終わったカード(済んだ行動)を繰り返してももはや「強化」されないことで、その行動にとっては「消去の弁別刺激」(SΔ:エスデルタ)となり、「おしまい」という合図を教えることになっているのです。
さて、スケジュール(におけるカード使用)をうまく教えるには、2つのコツがあります。
① カードの使用自体を早くに「条件性強化子」として確立する
このことをわかりやすく説明すると、すなわちカードをめくる・フィニッシュボックスに入れるという行動自体を楽しいと感じさせるようにしていくということです。
② 次のカードに共通のやり方で「強化的な活動」を入れる
次の活動(スケジュールにおける次のカードに示された行動)が強化子(楽しいこと)である時と、そうでないこと(楽しくないこと)である時の「弁別」が進まないように、すなわち楽しくないことが次にある時に拒否的にならないように、どちらのカードにも共通のやり方で、しかもかなりの割合で「強化的な活動」、すなわち楽しい活動を埋め込む必要があるということです。
カード使用がスケジュールの中で機能するためには、次のような三項随伴性が成立する必要があります。
(A)スケジュール表の中で「課題」(やるべきこと)のカードが示される ⇒ (B)提示された「課題」を行う ⇒ (C)カードをフィニッシュボックスに入れるか、めくる(条件性強化子)+好きな活動ができる(強化的な活動)
このように分析し考えてみると、ABAとTEACCHは決して“対立”関係ではないことがおわかりになられたことでしょう。ぜひ、両方の良いとこどりをして、実践の質を高めて参りましょう!